No258 / 19880528
そして1988年5月12日、新生UWFは後楽園ホールで旗揚げした。所属選手6人、旗揚げの試合は3試合(うち1試合はエキジビション)であった。
猪木に牙を剥くが、猪木はシングル対決を避けたといった噂。そして長州を襲撃、負傷させてしまい自らは新日を出場停止→解雇されてしまう。そんな危険なイメージを持つ男“前田日明”に対する幻想は、皮肉なことにリングに上がらないことでファンの間で大きくなっていった。
そして迎えた旗揚げ戦。入場式での挨拶で前田は言った。
「選ばれるものの恍惚と不安。二つ我あり」。
前田はメインで山崎を25分に渡る激闘の末、片羽絞めで破る。「そのとき、その場で見なければ、良さはわからないーそれがUWF」。宍倉記者(現次長)のレポートは、もちろんノーTVということもあるが、UWFの魅力はライブで見ることにあると謳っている。こうした部分もファンの間に、さらにUWF幻想を膨らませる要因となっていく。
そしてプロレスに新しい興行形体を取り入れたという意味で、たしかにUWFは革新的であった。当時はファイトスタイルが斬新に思われたUWFも、いま考えると興行における変革のほうがジャンル全体に影響をおよぼしていたと感じられる。ちなみにチケットをチケットぴあで売り出したのも、この興行がプロレスでは初だったらしい。
増刊号ならではの特集では、ターザンと堀辺氏の「道場論」についての対談などがある。しかし気になるのは長州と前田に関するコラムである。
無表記だが、おそらくターザンの文であろう。当時「道場論」に傾倒していたらしいターザンは、長州と前田の確執を「道場における実戦性」というプロレス観の違いにあると論じている。
そして前田は長州を「言うだけ番長」といい、長州は前田を「何もできないくせに大きなことばかり言う」と批判する。
その確執の結果が1987年11月19日に起こった「前田・長州蹴撃事件」であり、「どちらが“言うだけ”だったのか、それを証明する舞台になってしまったのだ」(抜粋)とケーフェイな文章を書いている。これでは長州に嫌われるのはあたりまえである。
No263 / 19880628
当時UWF信者のぼくは、どうやらUの試合があった週だけ週プロを買っていたらしい。この号は新生UWF第2戦、札幌大会である。
メインは打倒前田筆頭、高田延彦がいよいよその牙城に挑む。山崎戦同様、25分に及ぶ激闘を制したのは前田、フィニッシュは片羽絞めであった。
試合後前田はマイクを握り叫ぶ「真剣勝負をやるとリングの上で死ぬこともありうるんだ!」。おいおい、いいんかい、そんな事言って。いま考えると腹立たしい。
記事を書いたのはターザン。札幌という場所も手伝ってか、“密航”をメインテーマにしたレポートはターザン節大爆発である。
この大会では誰が名付けたか“黒い藤原”ノーマン・スマイリーがUWFデビューしている。身についた関節技は、かのマレンコ道場仕込みである。この日山ちゃんと対決したスマイリーは破れはするものの、山ちゃんのキックをつかんでのドラゴン・スクリューというムーブメントを見せている。
その他新日、全日は特にこれといったネタはなし。全日は武道館大会で五輪コンビがロード・ウォリアーズを相手にPWF&インタタッグのダブル・タイトルマッチ。反則勝ちにより五輪コンビが2冠王に輝いた。しかし反則勝ちで勝負が決するメインというのが時代を感じさせる。
新日では面白いカード発見。マードック&アドニスvsガスパーズ(海賊男)である。レポート内でも「注目すべきはアドニスとビリーの初対決。理由は...言うまでもないだろう」だって(笑)。この方々のタッグチームはほんと、カッコよかったな。ちょっと長くなるけど、編集後記が面白かったので抜粋。
-----6月10日、日本武道館に行き、全日本プロレスの最終戦を見た。あくる日の11日には札幌に飛び、UWFの試合を見た。不思議とどちらの観客もあたたかい。ファンのあたたかさに支えられた時、プロレスはその良さを発揮する。そんな印象を持った。ファンがあたたかければ、それに応えるのがレスラーと団体のつとめである。
だが、あたたかさに甘えていると、ファンとの間にギャップが出てくる。下手をするとどんどんギャップが広がり、気がついた時は“遅かった”ということになりかねない。プロレス界はファンのあたたかな心情に鈍感でありすぎた。それでも十分にビジネスが成立していたところに問題がある。
そろそろ一般企業と同じように“市場調査”をやる時代にきているし、リサーチは絶対に必要、ファンがいまどんな気持ちにあり、何を求め、何を夢として考えているか、そうしたリサーチのないところには、本当の意味で夢を与えることはできないだろう。団体関係者は簡単に「ファンの求めるカードを提供する」というが、はたして自分の目と足で調査したのか?与える側だけに立っていると、頭は必ず退化し時代遅れとなる。-----市場の原理はいまも10年前も変わっていない。どれだけの団体関係者がそのことに気付いているのだろうか。
No269 / 19880809
「週プロ5周年記念はブロディに捧げる...」。
7月16日“ブルーザー・ブロディ”ことフランク・ドナルド・ゴーディッシュはプエルトリコに於いて、ブッカーであり選手でもあるホセ・ゴンザレスにナイフで刺され他界した。
いまだに多くの謎を残したブロディの死である。その死に顔はキリストのようであったと、多くのひとが語っている。
同じ週、後楽園ホールでサマー・アクション・シリーズを開幕した全日のリングでは、スタン・ハンセンが両拳を天に突き上げ、「ブロディ、ブロディ」と絶叫した...。-----B・ブロディに捧げる。
ある時、ブロディは言った。「あと10年し、オレと同じ格好をし、オレと同じファイトをするレスラーが出現したら、ブルーザー・ブロディのというレスラーがいたことも、みんな忘れるさ」
ブロディに告ぐ!
ここは日本なのだ。ブルーザー・ブロディというレスラーと、最も真剣にかかわったのは日本のマスコミと日本のプロレスファンである。それがある限り、誰があなたのことを忘れるだろうか...。-----ターザンの追悼文である。
新日では時のIWGP王者、藤波への挑戦権を賭けて猪木、長州、マサ斉藤、木村健吾。B・ベイダーの間でリーグ戦が行われていた。マジ?
そういやうっすら記憶にあるけど、このリーグ戦を猪木が勝ち上がって、横浜で60分ドローになるんじゃなかったっけな?忘れちゃった。そんなリーグ戦だが、この週では長州が11度目の挑戦にして初めてシングルで猪木を下している。延髄ラリアットからの3カウント、藤波に先んじての快挙である。
おそらく維新革命から5年は経っているだろう。そう考えると猪木という壁がいかに高かったかが思い知らされる。
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